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12月 06 2021 パンデミックで正規雇用労働者でも希死念慮が増大
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下で、正規雇用労働者でも希死念慮が高まっていたという実態が明らかになった。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野の佐々木那津氏、川上憲人氏らが行った縦断的Web調査の結果であり、「British Journal of Psychiatry Open」に10月29日、論文が掲載された。特に女性、若年者、高学歴の人などの間で、希死念慮の高まりが見られたという。
COVID-19パンデミック発生後、国内外から自殺者数の増加が報告されている。しかし、この特殊な状況での自殺リスク因子については十分に検討されていない。佐々木氏らは、「新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査(E-COCO-J)」のデータを縦断的に解析し、この点を検討した。
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郵便番号を入力すると、お近くの治験情報を全国から検索できます。E-COCO-Jは、COVID-19パンデミックの影響を全国レベルで追跡しているWeb調査。性別と年齢で層別化した上で抽出した正規雇用労働者に調査協力を依頼し、パンデミック第1波前の2020年3月19~22日のベースライン調査に1,448人から回答を得た。続いて第1波収束後の同5月22~26日に1回目、第2波のピークに当たる同8月7~12日に2回目の追跡調査を行った。
追跡調査では、過去30日間の希死念慮と孤独感について質問した。それぞれ、「死にたい気持ちになるか」、「孤独だと感じるか」という質問に対する1~4点のリッカートスコアで回答を得て(ほとんどないは1点、時々は2点、しばしばは3点、ほとんどいつもは4点)、2点以上の場合に「希死念慮または孤独感あり」と判定。これらの判定結果と、性別、年齢、教育歴、職業、メンタルヘルス状態などとの関連を検討した。
ベースライン調査から2回目の追跡調査まで回答したのは875人で、平均年齢41.74±10.4歳、男性52.9%、教育歴16年未満が46.3%であり、単純作業者(25.9%)より管理職/非単純作業者(74.1%)が多くを占めていた。また、ベースライン調査でメンタルヘルスの不調(うつや不安などの治療歴)があると回答した人は11.9%だった。
追跡調査の1回目と2回目を比較すると、孤独感〔オッズ比(OR)1.60(95%信頼区間1.19~2.18)〕、希死念慮〔OR1.59(同1.13~2.26)〕ともに2回目の追跡調査の方が多く認められた。追跡調査1回目と2回目の間に生じた希死念慮の高まりを背景因子で層別化して解析すると、女性や若年者(39歳未満)、高学歴(16年以上)、および、ベースライン調査でメンタルヘルスの不調なしと回答していた人で、オッズ比の有意な上昇が認められた。
続いて、2回目の追跡調査で希死念慮ありに該当することに関連する因子を、多重ロジスティック回帰分析で検討した。交絡因子として、年齢、性別、教育歴、職業(単純作業か、管理職または非単純作業か)、ベースライン調査でのメンタルヘルス不調の有無、追跡調査1回目での希死念慮および孤独感を調整した。その結果、若年〔調整オッズ比(aOR)1.57(95%信頼区間1.09~2.28)〕、ベースライン調査でのメンタルヘルス不調〔aOR2.17(同1.28~3.67)〕、1回目の追跡調査での希死念慮〔aOR15.40(同10.06~23.58)〕という3項目が、有意な関連因子として抽出された。
これらの結果から著者らは、「COVID-19パンデミック下の2020年5~8月にかけて、労働者の希死念慮が高まっていたことが示唆される。年齢が若いことや、メンタルヘルス不調の既往などがリスク因子と考えられ、それらが該当する人に対する支援が必要とされる」と結論付けている。なお、本調査は正規雇用労働者のみを対象としている。失業者や非正規雇用労働者には、パンデミックでより深刻な影響が生じていると想定されることから、著者らは「本研究の結果は、希死念慮や孤独感のリスクを過少評価している可能性がある」と、解釈上の限界点を挙げている。
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12月 06 2021 健診に入院リスク抑制効果はない?――中高年者縦断調査の解析
健診の効果を、非感染性疾患(NCD)による入院や日常生活動作(ADL)障害のリスクとの関連から検討した研究結果が、「Journal of Occupational Health」に11月11日掲載された。種々の交絡因子で調整後、高血圧による入院に関しては男性の健診受診者で抑制されていたが、その他の疾患による入院やADL障害に関しては、有意な影響が認められなかったという。
この研究は、一橋大学経済研究所の小塩隆士氏、北里大学医学部公衆衛生学の堤明純氏、産業医科大学IR推進センターの井上彰臣氏が、厚生労働省「中高年者縦断調査」の第1~14回調査のデータを用いて行った研究。健診の効果を検討したこれまでの研究の多くは、ハードエンドポイントである死亡率で検討したものが多い。ただし、中高年者の場合は死亡に至らない入院も、その後の生活の質(QOL)に大きな影響を及ぼすことが少なくない。そこで小塩氏らは入院などをエンドポイントとして設定し、健診によるそのリスク抑制効果を検討した。
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郵便番号を入力すると、お近くの治験情報を全国から検索できます。中高年者縦断調査は2005年に初回調査が行われ、50~59歳の3万4,240人が回答。それ以降毎年、同じ対象者の健康状態を追跡調査している。14回目の2018年調査には2万677人が回答した。本研究では、同調査に少なくとも第3回まで回答し、かつその間に入院治療を受けていた人を除外した2万9,770人(男性51.7%)を解析対象として、追跡期間中(第4~14回調査)のNCDによる入院とADL障害、および主観的健康感との関連を検討した。
評価したNCDは、糖尿病、心臓病、脳卒中、高血圧、脂質異常症の5つ。ADL障害は、歩行、起床/就床、着席などの10項目について支障ありの数で評価、主観的健康感は1~6点のリッカートスコアで評価した。なお、中高年者縦断調査からは外来受療状況も把握可能だが、健診受診者は受診勧奨に基づき、直ちに健康障害の現われない状態で外来を受診することがあるため、本研究では本人が健康障害を自覚している可能性の高い入院受療のみに焦点を当てた。
解析対象者の健診受診状況を見ると、第3回調査では55.9%が健診を受けたと回答していた。健診受診群は非受診群に比較して、男性、正社員、高学歴の人が多く、世帯支出が高かった。
追跡期間中のイベント発生率を性別に見ると、男性の受診群は非受診群に対して、糖尿病、脳卒中、高血圧による入院が有意に少なく、がんによる入院は有意に多かった。また受診群はADL障害が少なく、主観的健康感が高いという有意差があった。女性に関しては、受診群のADL障害が少ないことのみ有意差が見られた。
続いて、健康アウトカムに影響を及ぼし得る因子(年齢、喫煙・飲酒・身体活動習慣、就労・雇用状況、学歴、世帯支出など)を傾向スコアでマッチさせた上で、健診受診効果を検討した。その結果、男性では、高血圧による入院が健診受診群で有意に少なかったが〔ハザード比0.56(95%信頼区間0.36~0.85)〕、その他の評価項目には有意な群間差が見られなかった。さらに女性では、全ての評価項目の群間差が非有意だった。
以上の結果から著者らは、「健診の効果はNCDによる入院やQOL低下を抑制するという点では限定的と言える」と結論付けている。ただし一方で、健診受診率は就労・雇用状況などの社会経済的地位によって大きく左右されることから、「本研究の結果は健康増進のための健診の有用性を否定するものではなく、社会経済的地位による健康格差を是正し、健診の有効性を高めるための政策措置の必要性を示唆している」とも述べている。
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