脳内の神経ネットワークで空腹が「最高の調味料」に?

生きていくために欠かせない本能的な行動の中でも最たるものが、摂食――食事をとること。摂食行動は「味覚」によって支えられていて、栄養が豊富な食物はおいしいと感じ、有害な食物はまずいと感じる。しかも味覚は時と場合によって変化し、特に空腹時と満腹時の差が大きい。
このような味覚の変化はヒトに限らず動物や昆虫にも認められる。そのメカニズムはよくわかっていなかったが、AgRP神経という神経細胞を起点とするネットワークが調節していることが報告された。大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所の中島健一朗氏の研究によるもので、詳細は「Nature Communications」10月8日オンライン版に掲載された。

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研究グループではまず、味のついた液体をマウスが何回舐めるかというリックテストと呼ばれる実験を、マウスが通常環境にいる時と絶食させた時に実施。その結果、通常なら舐める回数が減る甘味の薄い液体でも絶食中の空腹時には回数があまり減らないこと、および、通常ならあまり舐めない苦味のある液体でも空腹時にはよく舐めることを確認した。
次に、神経細胞の活動を光刺激でコントロールするオプトジェネティクスと呼ばれる手法を用いて脳内のAgRP神経を刺激し、満腹のマウスが脳の中では空腹を感じる状態にしたところ、実際に空腹である時と同様に味覚が変化することがわかった。さらに、この変化は外側視床下部という部分につながっているAgRP神経を刺激したときにだけ起こることもわかった。なお、AgRPはアグーチ関連ペプチドの略で、脳内の視床下部弓状核という部位に存在する神経はAgRPを有し食欲を高めるように働く。
研究グループは上記のほか、AgRP神経の下流にあたる外側視床下部の神経が脳内のさまざまな部位と接続していることに注目し検討を続けた。その結果、不安中枢を抑制すると、空腹時同様に甘味の薄い液体でも舐める回数があまり減らないこと、しかし苦味への反応は変化しないことがわかった。また、嫌悪に関する応答部位を抑制すると、苦味のある液体でも舐める回数があまり減らないものの、甘味への反応は変化しないこともわかった。これらの結果、甘味と苦味は脳の中で別々の経路をたどり情報伝達されていることが明らかになった。
これらの結果を踏まえ、中島氏は「空腹時の味覚の変化は、視床下部AgRP神経を起点とした神経ネットワークにより調節されることがわかった。この味覚調節システムの元来の役割は、飢餓が身近な野生環境において、糖など栄養価の高い食物を普段以上に好むように嗜好を変化させ、多少悪くなった食物でも妥協して食べるようにすることと思われる」と述べ、「この神経ネットワークが不安・嫌悪などの感情に関わる脳部位の活動を制御することから、空腹や満腹により味の感じ方が変化する現象の神経基盤であると考えられる」とまとめている。
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