「適度な運動」の効果を高めるには「脳への衝撃」が必要?

ウォーキングやジョギングによって脳に物理的な軽い衝撃が繰り返されることで、脳の働きが改善する可能性が報告された。国立障害者リハビリテーションセンター病院の澤田泰宏氏らの研究によるもので、「iScience」1月31日オンライン版に掲載された。
適度な運動は、身体疾患はもちろんアルツハイマー病やうつ状態などの精神疾患の予防にも有効。ただし、運動がなぜ精神面に好影響を及ぼすのかはよく分かっていない。澤田氏らは、運動により生じる脳への適度な物理的衝撃が、運動効果の一部に関与しているとの仮説を立て、以下の実験を行った。

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まず、実験動物(マウス、ラット)を2群に分け、1群には1日に30分間、20m/分の速度で運動させ、もう1群は運動をさせない対照群とした。20m/分という負荷はラットの場合、適度な運動強度であることが先行研究で報告されている。
これを7日間続け、最後の運動から3時間後に前頭前皮質(大脳の一部)に高用量のセロトニン(脳内の神経伝達物質の1つ)を投与して幻覚を引き起こし、幻覚によって生じる首を振る動作の回数を計測した。すると、運動をさせた群は運動をさせていなかった群に比べて、首振りの回数が有意に少なかった(P=0.027)。
この実験では運動をさせた群のマウスに加速度計をつけ、頭部にかかる衝撃を計測した。その結果、人間が時速7km程度の軽いジョギングをしているときに頭にかかる衝撃と同レベルの約1Gの力がかかっていることが分かった。
そこで次に、運動させないマウスに麻酔をかけ、頭部へ上下方向に1Gの力を1秒間に2回、機械的に与えるという実験を行った。前記の実験と同様、1日に30分7日間続けた後セロトニンを投与したところ、対照群よりも首振り回数が有意に少なく(P=0.035)、頭部へ物理的な衝撃をかけたことで運動をしたのと同じような効果が脳にもたらされたと考えられた。
続いてマウスの脳を解剖したところ、運動をさせていたマウスでは、前頭前皮質の神経細胞でセロトニン2A受容体が、細胞の表面から細胞内へと移動(内在化)し、セロトニンに対する応答性が低下していることがわかった。また、頭部に1Gの力を与えたときのラットの脳の様子をMRIで確認すると、脳内の間質液が1 μm/秒で流動していた。そこでこの状態を、培養細胞を用いた実験で再現したところ、やはりセロトニン2A受容体の内在化が起こった。
最後に、マウスの前頭前皮質にハイドロゲルを注入して、脳内間質液の流動を阻害するという実験を行った。その結果、頭部に1Gの力を1日30分7日間与えたマウスでも、セロトニン投与後の首振り運動が抑制されず、セロトニンA2受容体の内在化も起きないことが確認された。
これら一連の結果を踏まえ、研究グループでは「運動がもたらす効果の少なくとも一部には、頭部にかかる適度な衝撃が関与している」とまとめている。またこの知見が将来的には、加齢や下肢の障害のために身体活動を十分行えない人にも健康維持・増進効果をもたらす可能性もあるとしている。
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