抗うつ薬治療後の労働生産性は1年程度で回復――産業医大

 国内企業の従業員3万人以上を対象とする調査の結果、うつ病に対する薬物治療が終了してから約1年間は、自己評価による労働機能が有意に低い状態が続くことが分かった。うつ病治療後にも一定期間は職場環境や労働条件などへの配慮が必要であることを示す研究結果と言える。産業医科大学産業生態科学研究所の永田智久氏らによる論文が、「Scientific Reports」に9月24日掲載された。

 疾病を抱えた状態で無理に働くこと「プレゼンティーイズム(疾病就業)」は労働生産性の低下につながり、なかでもうつ病などのメンタルヘルス不調による経済的損失は全ての疾患の中で最も大きいと報告されている。うつ病では思考の鈍化や集中力の低下が現れやすく、その治療や再発予防と仕事を両立させることのできる環境の整備が近年、社会的に重要な課題となっている。

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 こうした中、永田氏らは、うつ病の治療経過と労働機能障害(生産性が低下した状態)との関連を明らかにするため、国内の大手企業13社の従業員を対象とする後ろ向きコホート研究を行った。4万5,404人に対し、労働機能障害に関するアンケート「WFun(Work Functioning Impairment Scale)」へ任意での回答を求め、3万3,415人から回答を得た。また、加入保険組合の医療請求データを基に、アンケート回答日の15カ月前からの受療行動を確認した。両者のデータの欠落のない3万409人のデータが最終的な解析に用いられた。

 WFunは産業医大が開発した質問票で、「丁寧に仕事ができない」「考えがまとまらない」など7項目の質問に1~5点で回答するもの。合計35点中21点以上は労働生産性が損なわれていることが多く、今回の検討においても21点以上を「労働機能障害あり」と判定した。

 解析対象者の主な背景は、男性が85%で、年齢は30歳未満19%、30代24%、40代32%、50代22%、60歳以上3%、役職は管理職が18%、一般社員51%で31%は不明。うつ病との診断の記録があり、かつ、抗うつ薬が処方されていた人のうち、双極性障害でない人を「うつ病で治療を受けた人」と定義。また後述のデータ解析に必要な、抗うつ薬の処方期間、および抗うつ薬治療終了後の経過日数が不明の場合は、検討対象から除外した。

 抗うつ薬の処方期間と労働生産性の関連の検討では、WFun回答前15カ月以内にうつ病の治療を受けていなかった人(2万9,564人)を基準として、抗うつ薬が処方されていた人の処方期間の長さ別に、労働機能障害の頻度を比較した。その結果、処方期間が4カ月未満の場合(該当者63人)では労働機能障害のオッズ比(OR)が3.2(95%信頼区間1.9~5.2)、4~10カ月未満(58人)ではOR2.6(同1.5~4.4)、10~14カ月未満(33人)ではOR2.3(同1.1~4.6)、14カ月以上~16カ月未満(250人)ではOR2.3(同1.8~3.0)となり、処方期間の長さにかかわらず労働機能障害に該当する頻度が有意に高かった。

 次に、抗うつ薬治療終了後の経過日数との関連を、上記の検討と同様にWFun回答前15カ月以内にうつ病の治療を受けていなかった人と比較すると、治療終了から3カ月未満(81人)では労働機能障害のORが2.3(同1.5~3.7)、3~8カ月未満(48人)ではOR2.0(同1.1~3.6)、8~11カ月未満(21人)ではOR3.0(同1.3~7.1)で有意に頻度が高かった。しかし、抗うつ薬処方終了から11カ月以上~14カ月未満(23人)ではORが1.4(同0.6~3.5)であり、うつ病の治療記録のない人と有意差がなかった。

 これらの結果を研究グループでは、「抗うつ薬治療中はその期間にかかわらず労働機能障害に該当する頻度が高く、特にうつ病の急性期と考えられる処方期間4カ月未満ではオッズ比が最も高かった。また、抗うつ薬治療終了後にオッズ比が有意でなくなるのは約1年後であり、その間は中等度以上の労働機能障害が認められた」とまとめている。その上で、「うつ病治療歴のある労働者に対して、労働安全衛生の専門家と精神科医が協力し、長期間フォローアップすることが重要」と述べている。

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参考情報:リンク先
HealthDay News 2020年10月19日
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