パンデミックは人々の人生観を変えた?

人々の日常を一変させた、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが発生して約2年になる。このパンデミックは、個人の基本的な価値観である「中核的信念」をも揺り動かすほどの出来事である可能性があり、感染症対策の負担感の強さや収入の減少などが、そのインパクトに影響を及ぼしていたことが明らかになった。東北大学加齢医学研究所の松平泉氏らの研究によるもので、「Humanities & Social Sciences Communications」に11月23日、論文が掲載された。
中核的信念は長年の体験から培われる価値観であり、その人の考え方や行動の根本的な支えとなる。この中核的信念は通常、大きく揺らぐことは少ないが、環境の変化が予測できず、かつコントロールできないような状況では、中核的信念の再構築が必要になるとされる。COVID-19パンデミックはまさにそのような状況に該当する。松平氏らの研究は、パンデミックで生じたと考えられる、日本人の中核的信念の揺らぎに関連する因子を明らかにするためのもの。

郵便番号を入力すると、お近くの治験情報を全国から検索できます。
この研究のための調査は2020年7月に、オンライン調査パネル登録者を対象に行われ、東京または仙台に住む30~79歳の一般市民1,200人が回答した。居住地を東京と仙台の2地点とした理由は、東京はパンデミック第1波で人口当たりの患者数が国内最多であったためであり、仙台は患者数が標準的な県都の一つとして設定した。
中核的信念の揺らぎは、9項目からなる質問票(core belief inventory;CBI)を用いて、0点(全くなかった)~5点(かなり強くあった)の6段階で評価。このCBIは、例えば「自分の将来への期待について、自分が信じてきたことを真剣に考えた」、「ほかの人との人間関係について、自分が信じてきたことを真剣に考えた」といった項目で構成されている。
CBIで評価される中核的信念の揺らぎに関連する可能性のある因子として、感染予防対策に対する考え方や負担感、パンデミックによるストレスの程度などを、ビジュアルアナログスケールで回答してもらった。また、Kessler心理的苦痛スケール(K6)を用いて心理的苦痛の程度を把握した。
本人または家族がCOVID-19に罹患していた4人を除外し、1,196人の回答を解析した。解析対象者の平均年齢は52.32±13.78歳、男性50%、都民50%、既婚者71%であり、収入が減少した人が26%、子どもの通学先が学校閉鎖になった人が14%含まれていた。CBIは1.35±10.23であり、幅広い範囲に分布していた。なお、東日本大震災を経験した大学生を対象に実施された調査からは、平均CBI1.73というデータが報告されているという。
重回帰分析の結果、中核的信念の揺らぎの大きさに影響を及ぼした因子として、感染対策への負担感(β=0.179)、感染対策への協力達成感(β=0.094)、パンデミックに伴う減収(β=0.071)、パンデミック自体に感じるストレス(β=0.068)という4つが抽出された。また、この4因子のうち、感染対策への協力達成感を除く3つの因子は、心理的苦痛の大きさにも寄与していた。加えて、中核的信念が大きく揺らいだ人ほど、心理的苦痛を強く感じていたという関連も確認された(β=0.389)。
なお、感染対策への負担感や協力達成感が中核的信念の揺らぎに寄与したという結果は、海外からの報告には見られず、日本独特の傾向という。この点について著者らは、「日本では諸外国のような強力なロックダウンが実施されず、感染対策をどの程度真剣に行うかは個人任せだった。自分自身が予防策を徹底しても他人が徹底していなければ感染抑止効果が不十分になってしまうという、コントロール不能の状態にあったことが、この結果に影響を及ぼしているのではないか」と述べている。
これらの結果と考察を基に著者らは、「COVID-19パンデミックが日本人の生き方を問い直させる事態であったことが示唆される」と結論付けている。また、「パンデミックという災禍の中で、ともに生きる者同士がより他者に敏感になることが、COVID-19との戦いにおいて必要なことかもしれない」と付け加えている。
治験に関する詳しい解説はこちら
治験・臨床試験は新しいお薬の開発に欠かせません。治験や疾患啓発の活動を通じてより多くの方に治験の理解を深めて頂く事を目指しています。治験について知る事で治験がより身近なものになるはずです。