笑顔の知覚は抑うつ気分を緩和する

笑顔には、他者の抑うつ気分を緩和する力があるとする研究結果が報告された。むつみホスピタル(徳島市)の山下裕子氏、徳島大学大学院社会産業理工学研究部の山本哲也氏の研究によるもの。著者らは、表情の知覚を介した情動伝染により、閾値下うつの人の抑うつ気分を和らげられるのではないかと述べている。研究の詳細は、「Frontiers in Psychology」に11月11日掲載された。
うつ病と診断されるには至らないものの、抑うつ症状を有し心理的苦痛を抱えている、閾値下うつの人々の存在が近年問題となっている。こうした人々の抑うつ症状を改善する方法として、山下氏らは、情動伝染という現象に着目した。情動伝染とは、個人の感情状態が他者から表出された感情と一致する現象のこと。喜びや悲しみを表す顔の表情が、それを知覚した人の感情を変化させ得ることは、既に複数の研究から確認されている。これらを背景として、山下氏らは、他者の表情の知覚が、閾値下うつの人々の気分状態に与える影響について検討した。

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この研究の解析対象は、大学生49人(平均年齢19.90±1.08歳、男性6人、女性43人)。自己評価式抑うつ性尺度(SDS)で40点以上の場合を「閾値下うつ」と定義すると、22人が該当した。参加者は、喜び表情が提示される閾値下うつ群(11人)、喜び表情が提示される非閾値下うつ群(13人)、悲しみ表情が提示される閾値下うつ群(11人)、悲しみ表情が提示される非閾値下うつ群(14人)の4群に分類された。この4群で、男女比や情動的共感性尺度(QMEE)の得点に有意差はなく、これらの要因は後述の結果に影響を与えなかったと考えられた。
研究では、10人の男女(男性6人、女性4人)の喜び表情と悲しみ表情の画像が使用された。各群には、それぞれの感情表情の刺激が提示され、10の表情刺激がランダムに3回繰り返された。表情刺激の提示前後において、参加者の気分状態について尋ねた。また、情動伝染は、知覚した表情の模倣を介して生じると考えられている。そのため、表情刺激提示中は、筋電図によって参加者の表情筋の活動が測定され、表情模倣の発生の有無についても検討された。
解析の結果、喜び表情を提示された群は、悲しみ表情を提示された群と比較して、喜び感情得点の変化量が有意に大きかった(P=0.005)。表情刺激(喜び、悲しみ)と抑うつ傾向(非閾値下うつ、閾値下うつ)による交互作用は有意でなく(P=0.950)、さらにSDS得点と喜び感情得点の変化量に有意な相関はないことから(P=0.649)、喜び表情を知覚することによる喜び感情得点の上昇と、抑うつ症状のレベルは関連がないと考えられた。
また、悲しみ表情を提示された群は、喜び表情を提示された群と比較して、悲しみ感情得点の変化量が有意に大きかった(P=0.003)。表情刺激と抑うつ傾向による交互作用は有意でなく(P=0.202)、さらにSDS得点と悲しみ感情得点の変化量に有意な相関はないことから(P=0.744)、悲しみ表情を知覚することによる悲しみ感情得点の上昇と、抑うつ症状のレベルは関連がないと考えられた。
筋電図の検討からは、喜び表情を提示された群は、悲しみ表情を提示された群よりも、大頬骨筋(喜び表情にかかわる筋肉)の活動が有意に大きく、悲しみ表情を提示された群は、喜び表情を提示された群よりも、皺眉筋(悲しみ表情に関わる筋肉)の活動が有意に大きかったことが分かった。これらの結果に関しても、表情刺激と抑うつ傾向による交互作用は有意でなかった。このことから、抑うつ傾向の有無にかかわらず、参加者には表情の模倣が生じており、これによって情動伝染の生起が裏付けられた。
著者らは、研究の限界点として、閾値下うつ群の対象者であっても平均SDS得点が45点未満であり、比較的軽度の抑うつ症状と考えられる集団であったこと、およびサンプルサイズが小さいことなどに言及。その上で「表情の知覚による情動伝染が、閾値下うつの人々の抑うつ気分を緩和することが示された。そのため、こうした情動伝染の観点から、閾値下うつの人の家族や友人など、周囲の人々の表情の重要性が示唆された」と結論付けている。

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