• 化学物質を扱う労働者のがんリスクの実態

     国内で化学物質を取り扱う職業に就いている労働者は、がんに罹患するリスクが有意に高く、勤務歴が長いほどそのリスクが上昇する可能性を示すデータが報告された。東海大学医学部衛生学公衆衛生学の深井航太氏らの研究によるもので、詳細は「Occupational & Environmental Medicine」に6月9日掲載された。

     がんリスクを高める因子として加齢や遺伝素因のほかに、喫煙や飲酒、運動不足といった生活習慣が知られており、がん予防のため一般的には後者のライフスタイル改善の重要性が強調されることが多い。一方、複数の先進国から、全てのがんの2~5%程度は職業に関連するリスク因子が関与して発生しているという研究結果が報告されている。それに対してわが国では、労災認定される職業がんは年間1,000件ほどにとどまり、約100万人とされる1年当たりの全国のがん罹患数に比べて極めて少ない。さらに、労災認定されるがんはアスベスト曝露による肺がんや中皮腫が大半を占めていて、多くの職業がんが見逃されている可能性がある。深井氏らはそのような職業がんの潜在的リスク因子として、化学物質への曝露の影響に着目し、以下の検討を行った。

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     この研究は、国内最大級の入院患者レジストリである、労働者健康安全機構の労災病院グループ34施設の「入院患者病職歴調査(ICOD-R)」のデータを用いた多施設症例対照研究として実施された。2005~2020年度に同グループ病院に入院した20歳以上の男性がん患者から、化学物質を取り扱うために特殊健康診断が義務付けられている職業に従事している労働者12万278人を「症例群」として設定。一方、がん以外の入院患者の中から、がんの既往がなく、年齢カテゴリー(5歳ごと)、入院した年、医療機関が症例群に一致する、特殊健康診断の対象でない職業に従事している労働者21万7,605人を「対照群」とした。なお、女性は特殊健康診断を受けていたサンプル数が少数であったため、解析から除外している。

     症例群と対照群を比較すると、前者の方が喫煙者・前喫煙者および習慣的飲酒者の割合が高かった。前記のデータセット作成時にマッチングさせた因子(年齢、入院年度、入院医療機関)と、喫煙、飲酒、および職歴(就業年数が最長の職種)を交絡因子として調整したロジスティック回帰分析の結果、化学物質の取り扱い期間(職業的曝露年数)が1年以上の労働者は、以下に記すように、化学物質の取り扱いがない労働者に比べ、全がんと複数の部位のがんの罹患率が有意に高いことが明らかになった。全がんはオッズ比(OR)1.05(95%信頼区間1.01~1.10)、肺がんはOR1.87(同1.66~2.11)、食道がんOR1.63(1.21~2.21)、膵臓がんOR1.80(1.35~2.41)、膀胱がんOR1.38(1.16~1.65)。胃がん、大腸がん、肝臓がん、胆道がんの罹患率には有意差がなかった。

     次に、職業的曝露年数の三分位で3群に分類してがんリスクを検討。その結果、全がん、肺がん、食道がん、膵臓がん、膀胱がんについては、曝露年数が長いほど罹患リスクが高いという有意な相関が認められた(全て傾向性P<0.01)。曝露年数を、1~10年、11~20年、21年以上の3群で層別化した検討の結果も同様だった。

     続いて、喫煙習慣の有無と職業的曝露年数(曝露なし、20年以下、21年以上)とで全体を6群に分類。喫煙歴と職業的曝露がともにない群を基準としてがん罹患リスクを検討した。すると、喫煙歴がなければ曝露年数が21年以上の場合に肺がんのオッズ比上昇が認められたが、曝露年数20年以下では非有意であり、かつ、肺がん以外のがんは曝露年数にかかわらず、有意なオッズ比上昇は見られなかった。それに対して喫煙者では、曝露年数にかかわらず、全がん、肺がん、食道がん、胃がん、膵臓がん、膀胱がん罹患のオッズ比が有意に高かった。

     以上の結果を基に著者らは、「化学物質の取り扱いに従事する期間が長いほど、がんリスクが高い可能性が示され、特に喫煙習慣が重なった場合にはよりハイリスクとなると考えられる」と結論付けている。ただし、入院患者対象の症例対照研究であるためサンプリングバイアスが存在すること、残余交絡の存在を否定できないことなどの限界点を挙げた上で、「労働安全衛生法施行令の一部改正により、2023年4月より新たな化学物質規制の制度がスタートしている。今後、他のコホート研究などでの追試や、化学物質への職業的曝露を抑制するアプローチが、がん予防につながるのかの検証が求められる」と付言している。

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    肺がんは初期の自覚症状が少ないからこそ、セルフチェックで早めにリスクを確かめておくことが大切です。セルフチェックリストを使って、肺がんにかかりやすい環境や生活習慣のチェック、症状のチェックをしていきましょう。

    肺がんのリスクを症状と生活習慣からセルフチェック!

    参考情報:リンク先
    HealthDay News 2023年9月11日
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  • がん患者の自殺リスクは診断直後が特に高い――全国がん登録データの解析

     がん診断後には、自殺や自殺以外の外因死(病気以外での死亡)、心血管死のリスクが有意に高く、特に診断後1カ月間の自殺リスクは一般人口の4倍以上に上るというデータが報告された。国立がん研究センターがん対策研究所と東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学の栗栖健氏、藤森麻衣子氏らの研究結果であり、「Cancer Medicine」に8月8日、論文が掲載された。

     国内では2016年に全国がん登録事業がスタートし、現在はがんと診断された全ての患者のデータが収集され、がんの実態把握や治療・サポート体制の改善に生かされている。栗栖氏、藤森氏らはこのデータを用いて、がんと診断された後の自殺リスクなどを検討した。解析対象は、2016年の年始から年末までの1年間に、がんと診断された患者107万876人であり、死亡後にがんと診断された患者や年齢・性別が不明の患者、居住地が国外の患者などは除外されている。

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     2年間の追跡期間中に、自殺による死亡が66​​0人、自殺以外の外因死が1,690人、心血管死が1万2,705人記録されていた。自殺による死亡のリスクを、年齢と性別を調整した標準化死亡比(SMR)として一般人口と比較すると、84%ハイリスクであることが分かった〔SMR1.84(95%信頼区間1.71~1.99)〕。また、自殺以外の外因死〔SMR1.30(同1.24~1.37)〕や心血管死〔SMR1.19(1.17~1.21)〕も、有意なリスク上昇が認められた。なお、自殺による死亡の72%は、死亡場所が自宅だった。

     がんの診断直後には、特にリスクが高いことも明らかになった。例えば追跡1カ月以内の自殺による死亡のSMRは4.40(3.51~5.44)と4.4倍ハイリスクであり、一方、2年目(診断から13~24カ月)のSMRは1.31(1.14~1.50)と依然有意ではあるものの、一般人口との差は31%まで低下していた。同様に、自殺以外の外因死のSMRは、診断後1カ月以内が2.27(1.94~2.63)、2年目が1.27(1.18~1.37)、心血管死は同順に2.38(2.27~2.50)、1.07(1.04~1.10)だった。

     年齢、性別、原発巣、単発がん/重複がん、腫瘍の範囲を変数とするポアソン回帰モデル(心血管死については二項回帰モデル)による解析の結果、自殺による死亡リスクは、原発巣別では食道〔結腸を基準とする相対リスク(RR)2.01(1.33~3.04)〕で有意に高く、前立腺がんでは有意に低かった〔RR0.62(0.43~0.89)〕。腫瘍の範囲については、限局性を基準として、隣接部位への浸潤ありでRR1.49(1.21~1.83)、転移ありでRR2.37(1.89~2.99)だった。年齢や性別、重複がんか否かは自殺による死亡リスクと有意な関連がなかった。

     自殺以外の外因死については、80歳以上で低リスク(50代を基準としてRR0.54)、女性でハイリスク(RR1.14)であり、白血病(RR2.19)や脳・中枢神経のがん(RR2.10)を含む複数のがんで有意なリスク上昇が認められた。心血管死については若年層でRRが高い一方、高齢者層では低く、また女性や重複がんなどで有意なリスク上昇が認められた。また、自殺以外の外因死、心血管死ともに、自殺による死亡と同様、腫瘍の範囲が大きいほどハイリスクだった。

     一連の結果を基に著者らは、「がん診断後には自殺や自殺以外の外因死、心血管死のリスクが高く、特に診断直後や病期の進行した患者でハイリスクだった。そのようなハイリスク患者に対するケアと自殺予防対策が必要とされる」と結論付けている。また、「本研究では長期的リスクの検討ができておらず、ハイリスク要因分析では原発巣ごとの事例数が少ないなどの課題もあるため、継続的な評価が求められる」と付け加えている。

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    治験・臨床試験は新しいお薬の開発に欠かせません。治験や疾患啓発の活動を通じてより多くの方に治験の理解を深めて頂く事を目指しています。治験について知る事で治験がより身近なものになるはずです。

    治験・臨床試験についての詳しい説明

    参考情報:リンク先
    HealthDay News 2022年10月31日
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  • がん検診を受ける人と受けない人の違いは何?――日本の子育て世代での検討

     子育て世代に当たる日本人成人のがん検診受診行動に関連する因子が明らかになった。新潟医療福祉大学健康科学部健康スポーツ学科の杉崎弘周氏らの研究によるもので、教育歴や経済状況、がんの家族歴などが、がん検診受診率に有意に関連しているという。研究の詳細は「Healthcare」に3月10日掲載された。

     がんは長年、日本人の死因のトップを占めている。がんの治療は確実に進歩しているものの、予後を左右する最大のポイントが早期発見であることは変わりない。しかし日本人のがん検診受診率は諸外国に比べて低いことが報告されており、例えば乳がん検診受診率は米国の80%以上に比較して44%に過ぎない。また、がんは一般に加齢とともに増えるが、日本では晩婚化と高齢出産の増加により、子どもが成人する前に親ががんに罹患することもまれでない。子育て世代のがん死は、残された家族への影響がより大きい。

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     これまでに、がん検診受診行動を左右する因子についての研究は国内でも行われてきた。しかし、子育て世代に焦点を当てた研究はなく、実態が明らかでない。杉崎氏らの研究は、このような背景のもとで実施された。

     2018年8月に、インターネット調査会社の登録者5万2,883人にアンケート回答を依頼し、8,608人から回答を得た。未婚者や子どものいない人、回答内容に不備がある人などを除外。全国7つの地方(北海道・東北、関東、北陸、中部、中国、四国、九州)からそれぞれの人口比率に応じた回収目標を達成し、2,410人を解析対象とした。対象者のうち、男性が51.0%であり、年齢は20代1.0%、30代19.7%、40代58.7%、50代18.8%、60代1.7%だった。がん家族歴については「なし」が37.6%、がんで亡くなった家族は「なし」が71.7%で、がん既往者本人からの回答も3.9%存在した。

     がん検診を受けたことがあるとの回答は57.3%だった。性別では、男性は41.0%、女性は74.3%が何らかのがん検診を受診していた。ロジスティック回帰分析により、がん検診受診の経験があることと独立して関連する因子として、女性〔オッズ比(OR)5.31(95%信頼区間4.24~6.65)〕、高所得〔年収400万円未満に対して800万円以上はOR1.79(同1.26~2.54)〕、がん家族歴〔OR1.69(同1.38~2.07)〕、教育歴〔高卒以下に対して大卒以上はOR1.36(同1.04~1.78)〕という因子が浮かび上がった。

     次に、自治体などによる検診が比較的充実している、肺・胃・大腸がん検診の受診経験を性別に検討すると、男性では、がん家族歴と年齢(40代に比し、肺・胃がん検診は50代以上で有意、大腸がん検診は60代以上で有意)との関連が認められ、所得や教育歴は有意性が見られなかった。女性では、家族歴はいずれのがん種の検診受診経験とも有意に関連していたが、教育歴や年齢は有意でなく(胃がん健診のみ50代が40代より経験ありが有意に多い)、一方で胃・大腸がん検診は所得によって受診経験に差が見られた(いずれも年収400万円未満と以上で有意差あり)。肺がん検診に関しては所得による差はなかった。

     女性の乳がん検診の受診に関連する因子としては、がん家族歴と所得(400万円未満に対して600万円以上で有意)が関連し、年齢と教育歴は非有意だった。子宮がんについては、家族歴、所得(400万円未満に対して800万円以上で有意)、教育歴(高卒以下に対して大卒以上で有意)、年齢(20代に対して30~50代で有意)が、受診経験があることに関連していた。

     以上の結果から著者らは、「教育歴、所得、年齢、がんの家族歴が、子育て世代のがん検診受診行動と関連していることが明らかになった」と結論付けている。また、日本では大半の人が健康保険に加入しており、いくつかのがん種に対する検診を無料や安価で受ける機会があるにもかかわらず、一般的な健康診断と同様に、社会経済的因子が受診行動に影響を及ぼしているという問題を指摘。「教育歴が短くて収入が少ない、壮年から中年期の成人に対するがん検診受診率改善の取り組みが必要とされる」と述べている。

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    肺がんは初期の自覚症状が少ないからこそ、セルフチェックで早めにリスクを確かめておくことが大切です。セルフチェックリストを使って、肺がんにかかりやすい環境や生活習慣のチェック、症状のチェックをしていきましょう。

    肺がんのリスクを症状と生活習慣からセルフチェック!

    参考情報:リンク先
    HealthDay News 2022年4月18日
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