-
10月 25 2023 主観的な記憶力の低下が自動車事故リスクに独立して関連
主観的に記憶力が低下したと感じている高齢者は、客観的な認知機能低下の有無にかかわらず、自動車運転中の事故リスクが高い可能性を示すデータが報告された。国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センターの栗田智史氏らの研究であり、論文が「JAMA Network Open」に8月25日掲載された。
高齢期は、買い物や人に会いに行くなど、自立した生活を送る上では自身で車を運転できることが望ましいが、加齢とともに車の運転に必要な視聴覚機能や認知機能が低下し、自動車事故が発生しやすくなることが報告されている。そのため、事故リスクを早期に把握し、何らかの対策を取ることが重要と考えられる。国内では既に、高齢ドライバーの免許更新時に認知機能検査を実施し、認知症の疑いがないかを判定している。
認知症に関する治験・臨床試験(新しい治療薬)情報はこちら
郵便番号を入力すると、お近くの治験情報を全国から検索できます。一方で、認知症でなくても、主観的な認知機能(記憶力)と歩行速度の低下により判定される「MCR(motoric cognitive risk syndrome)」と呼ばれる状態は、将来の認知症のリスクが約3倍高いと報告されている。このMCRは、評価のために専門のスタッフを必要とせず、比較的容易な検査で判定できるという特徴がある。MCRと自動車事故との関連が認められれば、自動車事故のリスクを把握するための実用性の高い新たな手段になる可能性があることから、栗田氏らは、MCRと自動車事故やヒヤリハット経験の有無との関連を検討した。
この研究は、国立長寿医療研究センターによる大規模コホート研究「National Center for Geriatrics and Gerontology-Study of Geriatric Syndromes(NCGG-SGS)」の横断データを用いて行われた。2015~2018年に愛知県大府市などで実施した高齢者機能健診に参加した65歳以上の高齢ドライバー1万2,475人(平均年齢72.6±5.2歳、女性43.1%)を解析対象とした。
主観的な記憶力は、「記憶に関して問題を抱えているか」、「以前より、物を置いた場所を忘れることが増えたか」、「親しい友人、知人の名前を忘れることがあるか」など5項目の質問に対して一つでも「はい」と回答した場合に「低下している」と判定した。歩行速度の低下は、NCGG-SGSのデータベースから算出した基準値により判定した。また、自動車事故は過去2年間の有無、ヒヤリハット経験は12項目について過去1年間の有無を評価した。このほか、同センターが作成した認知機能評価ツールを用いて、認知機能低下の有無を客観的に評価した。
解析は、主観的な記憶力の低下および歩行速度の低下の有無を組み合わせて全体を4群に分類して行った。4群の対象者特性を比較すると、眼疾患の既往、難聴、日中の過度な眠気は主観的記憶低下のみ群、MCR群(両方とも低下している群)において有意に多く、客観的認知機能低下については健常群(主観的認知機能の低下と歩行速度の低下がともにない群)、主観的記憶低下のみ群、歩行速度低下のみ群、MCR群の順で多く見られた。
結果に影響を及ぼし得る因子(年齢、性別、教育歴、眼疾患や難聴の有無、服薬数、睡眠時間、日中の眠気、客観的な認知機能低下の有無)の影響を調整したロジスティック回帰分析の結果、自動車事故、ヒヤリハット経験ともに、健常群を参照すると、主観的記憶低下のみ群、MCR群においてオッズ比が有意に増加した。具体的なオッズ比は、自動車事故に対しては主観的記憶低下のみ群がOR1.48(95%信頼区間1.27~1.72)、MCR群がOR1.73(同1.39~2.16)、ヒヤリハット経験に対しては同順にOR2.07(1.91~2.25)、OR2.13(1.85~2.45)であった。
これらの傾向は、4群をさらに客観的認知機能低下の有無により8群に分けて解析した場合においても同様であり、歩行速度のみ低下している群においては、客観的認知機能低下を伴う場合に自動車事故のオッズ比が有意に増加した。
これらの結果より、高齢ドライバーにおける主観的記憶低下、MCRの状態は、客観的に評価した認知機能低下の有無を問わず、過去の自動車事故、ヒヤリハット経験と関連することが示唆された。本研究は横断研究であり、主観的記憶低下、MCRの評価を自動車事故のリスク把握に適用できるかを検討するためには、縦断研究や主観的記憶力低下に伴う症状の探索により、本研究で得られた知見を確証する必要がある。
軽度認知障害(MCI)のセルフチェックに関する詳しい解説はこちら
軽度認知障害を予防し認知症への移行を防ぐためには早期発見、早期予防が重要なポイントとなります。そこで、今回は認知症や軽度認知障害(MCI)を早期発見できる認知度簡易セルフチェックをご紹介します。
Long COVIDの倦怠感・ME/CFSにフェリチン高値が関与?
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)急性期以降に症状が遷延する、いわゆる「long COVID」における筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)に、高フェリチン血症が関与している可能性を示唆するデータが報告された。岡山大学学術研究院医歯薬学域総合内科学の大塚勇輝氏、山本幸近氏、大塚文男氏らの研究結果であり、詳細は「Journal of Clinical Medicine」に7月18日掲載された。
Long COVID患者の多くが倦怠感を呈するが、その一部は、強い症状のために日常生活にも支障が生じて、ME/CFSに類似した状態に移行することがある。一般人口におけるME/CFSの有病率は1%未満であるのに対して、long COVID患者では16.8%に上るというデータもある。ME/CFSの原因として、感染症、免疫応答の異常、内分泌機能不全などが想定されているが詳細は未解明であり、臨床医にとってME/CFSの診断は容易でない。Long COVID患者のME/CFSに何らかの特徴を見いだせれば、それを手掛かりとしてME/CFSの診断・治療へとつなげられる可能性が広がる。
郵便番号を入力すると、お近くの治験情報を全国から検索できます。
一方、COVID-19の急性期ではその重症度とフェリチンとの間に関連があり、long COVIDでもフェリチンの上昇が臨床的特徴の一つになり得ることが示唆されている。フェリチンは鉄貯蔵のマーカーだが、感染症や炎症によって高値となることも知られている。これらの知見を背景として大塚氏らは、岡山大学病院総合内科・総合診療科のコロナ・アフターケア(CAC)外来の患者データを用いて、フェリチン値を含めた臨床検査指標とME/CFSとの関連を横断的に解析した。
解析対象は、2021年2月22日~2022年5月31日のCAC外来受診者312人から、COVID-19罹患後4週間未満のlong COVIDの診断基準を満たさない患者、COVID-19罹患以前から高フェリチン血症だった患者などを除外した234人。このうち139人(59.4%)が倦怠感を訴え、さらにその中の50人はME/CFSの診断基準を満たした。95人(40.6%)は倦怠感を訴えていなかった。なお、ME/CFSは、国内外で用いられている3種類の診断基準を全て満たす場合と定義した。
ME/CFS群、ME/CFSの基準を満たさないが倦怠感のある群(非ME/CFS群)、倦怠感なし群を比較すると、年齢や性別の分布、BMI、COVID-19急性期の重症度には有意差がなかった。ただし、COVID-19罹患から受診までの期間は有意差があり、ME/CFS群が最も長く中央値128日、倦怠感なし群は106日、非ME/CFS群は最も短く73日だった。6種類の自覚症状評価スケールの評価結果は全て、ME/CFS群が最も重度であり、非ME/CFS群、倦怠感なし群の順に軽度となることを示していた。
血液検査値に着目すると、貧血の有無や重症度を表すヘモグロビン、炎症マーカーのCRPや白血球数、凝固マーカーのDダイマーやフィブリノゲン、腎機能、肝機能、アルブミンなどの検査値には有意差は認められず、フェリチンのみME/CFS群が有意に高値であった(ME/CFS群は中央値193.0、非ME/CFS群98.2、倦怠感なし群86.7μg/L)。またフェリチン値は、6種類の自覚症状評価スケールのうち3種類(FASという倦怠感評価スケールなど)のスコアとの有意な相関も認められた。なお、フェリチン値を性別で比較すると女性の方が低値だが、ME/CFS群と非ME/CFS群との比較では、女性で群間差がより顕著で(中央値68.9対43.8μg/L)、男性は群間差が非有意となった。
このほか、内分泌学的検査からは、成長ホルモン(GH)がME/CFS群は倦怠感なし群より有意に低いこと(0.22対0.37ng/mL)、インスリン様成長因子I(IGF-I)とフェリチン値との間に有意な負の相関(r=-0.328)があることなどが示された。
これらの結果を総括して著者らは、「long COVIDに伴うME/CFSの特徴としてフェリチン高値が特定された」と結論付けている。なお、フェリチンは感染症や炎症で上昇するが、本研究の対象はCOVID-19罹患から長期間経過後であること、およびフェリチン以外の炎症マーカーは上昇していないこと、さらにCOVID-19急性期の重症度とME/CFSリスクとの間に関連がないことなどから、「急性期の炎症が遷延しているだけとは言いにくく、long COVIDに伴う鉄代謝への影響や、高血圧、睡眠障害、抑うつ、ホルモン分泌の変化などが病態に関連している可能性がある」との考察が加えられている。
治験・臨床試験は新しいお薬の開発に欠かせません。治験や疾患啓発の活動を通じてより多くの方に治験の理解を深めて頂く事を目指しています。治験について知る事で治験がより身近なものになるはずです。